小紅色

読書とピアノと息子が癒し

外で転ぶって心身ともにダメージ大きい

大人になって外で人前で転ぶって恥ずかしい。誰かと一緒なら笑って済ませることもできるが、一人だと相当恥ずかしい。

歩行者信号の長さを把握していない普段利用しない横断歩道。最初に渡り始めた人が渡り終えそうだったので、まだ横断歩道に達していない自分がこのままの速度で歩いて余裕で間に合うのか分からない。次の信号を待つのは面倒なのでちょっと小走りに急いでみたら、横断歩道の1/3行ったところでバランスを崩した。

体が前のめりなっていると気づいた次の瞬間にもう両手両膝が道路についていた。そして両手両膝ついた時に思わず「わっ!びっくりした ‼︎」と声に出してしまった。転んだのも恥ずかしいし、びっくりしたと声を発してしまったのも恥ずかしい。私が近くにいた人なら「急に転んでこっちがびっくりしたわ」とツッコミたくなる。

久しぶりに転んだけれど痛いね。アスファルトやっぱ痛いわ。とりあえずすぐに立ち上がり、出血してないか確認してさっさと立ち去ったけど、痛いし恥ずかしいし、情けないし、転ぶって心身ともにダメージ大きい。

とりあえず擦り傷と打撲程度の軽傷でよかった。介助の必要な息子がいるので私が怪我をすると息子の介助に支障が出てしまう。普段から気を付けているが、まさか小走りして転ぶとは。まさに想定外の出来事。

転んだ原因は加齢でしょうね。運動不足でもあるし、下半身の筋力低下であることは間違いない気がする。でもそれを素直に受け止められないくらい、小走りで転んだことがショックである。

まあでもピンチはチャンスということで転んだことをせっかくなので検証。自分を慰めるために不幸中の幸いを見つけることにする。

・スピリチュアル的には転機、厄落とし

・軽傷で済んだ

・運動不足ということをしっかり認識できた

やっぱりね、転んだことで運動不足を実感したのは事実。このままの生活じゃいけないと気付かされた。これってある意味転機だよね。

今回軽傷で済んでよかったけど、転び方によっては骨折もありえるからね。大事な頭部を守るために、転んだ時に手をつくのはいいことなんだけど、骨折のリスクも当然あるわけで。骨折なんてしたら息子の介助どころか私が介助してもらわなければならなくなる。

そんな事態を避けるためにまずは転ばないことが一番。転ばないためには日頃からウォーキングなど運動で下半身の筋力を維持することが大事。

この段階で気付けてよかった。もし骨折するような転倒してからじゃ遅いからね。これで外で転んで恥ずかしい思いしたことを、ようやく不幸中の幸いだったとして受け止めれそう。

転んだままだと失敗で終わるけど、起き上がって前進したら成長出来る!な〜んてきれいごとよりも、転ぶのは痛いから、転ばぬ先の杖が欲しい!

 

 最後まで読んでいただきありがとうございました。