小紅色

食と趣味と息子の話

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父が末期のがんになりまして(1)

父が末期のがんになりまして、余命宣告を受けました。

覚悟をしていてもかなりショックでした。

気持ちの整理も兼ねてこれまでのことを少しずつ書いていこうと思います。

 

正月に実家に帰省して会った時は「ちょっと痩せたな」という印象だったけど、もともと細マッチョ系の体だったし、年齢的にもそんなもんかなって思ってました。

お酒もいつもと変わらない感じで普通に飲んでいたし、兄と甥っ子たちと雪の中で焚き火をして父が一番はしゃいでいました。

 

2月に入ってから母からの電話。

母「お父さん、腰が痛くてお酒しばらく飲んでないんだ」

私「お酒が飲めないってよっぽどじゃん。大丈夫なの?」

母「近所の同級生が亡くなったのがよほどこたえたのかも。食欲もあまりないし」

 

秋田は冬季うつになりやすい地域だし、雪かきで腰を痛めることも多い。

むかし祖母のお茶飲み仲間が集まれば「体のここが痛い自慢大会が始まる」なんてよく笑い話をしてたから、筋肉質の父でもさすがに年齢には勝てないのかとその時はちょっと思ったりして。

それでもお酒が飲めないなんてよっぽどのこと。

なんかやばい気がするとは薄々思ってました。

 

その後母から「お父さん腰が痛くて米が持てないから、精米出来なくて困ってる」という相談を受けた時にはかなり状況は悪化してると感じました。

「大きい病院行ってちゃんと検査してもらったら?」と言っても、「お父さんが嫌がって行かないもの」なんて。

父の具合がよくないことを母が私にいちいち電話で報告することも「余計なこと言わなくていい」と父は嫌がっていた様子でした。

 

さらにその後色々あって、痛み止めを打ってくれていたペインクリニックでようやく紹介状を書いてもらって総合病院へ。

やっと全身の検査をしてもらい、骨へ転移したガンのせいで腰が痛くて歩けなくなっていたことが判明しました。

すぐに腰にプレートを入れて固定する手術が行われ、そして肺がんからの転移ということを知らされました。

肺がんについての詳しい説明は腰の手術が終わってからということだったので、ステージについてや余命についての説明は待つしかありませんでした。

 

私も兄も実家から離れたところに住んでいて、こういう時にすぐに駆けつけられないジレンマがあります。

母だけでは不安なのでなんとか兄にも行ってもらい、詳しい病状を主治医から説明してもらうことに。

説明を受けた兄から送られてたきた治療等経過説明書に書かれていた内容は、ステージ4の肺がんで、余命は2〜3ヶ月。

骨以外にも転移していて抗がん剤による治療は難しいと書かれていました。

 

タバコを吸わない父が肺がんになるなんて。

思い当たるとしたらストレスでしょう。

母との生活はかなりストレスが多かったと思います。

今は病院で緩和ケアを受けながら、母と離れて穏やかに入院生活を送っていると思います。

 

感染症対策で面会が厳しく制限されていて、気軽に面会には行けません。

弱った父には会いたくないのが正直な気持ちです。

涙が出てきたので、今日はここまでにしておきます。

 

 最後まで読んでいただきありがとうございました。