小紅色

食と趣味と息子の話

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息子とおばあちゃん

昨日、4年前に亡くなったおばあちゃんとの思い出を息子が語っていた。

息子にとっての「おばあちゃん」とは、私の祖母のことである。

息子からみたら曽祖母にあたる人。

息子は脳性麻痺の障害があり、言語の理解はそれほどではなかったが発語に関してかなり遅いほうだった。

文章の会話が出来るようになったのが小学校に入学してからぐらい。

息子はおばあちゃんが大好きで、帰省しておばあちゃんとおしゃべりするのがいつも楽しみだった。

しかも大好きなおばあちゃんが話しやすいようにと一生懸命に秋田弁を覚えて、8歳くらいから秋田弁を少しずつ使いこなすようになっていた。

歩けない息子とおばあちゃんがソファーに仲良く寄り添っておしゃべりする姿がいつも思い出される。

おばあちゃんは本当に息子のことを可愛がってくれて、「おばあちゃん」としての役割を全うしてくれたと思う。

一方で、私の母親は「おばあちゃんって言われたくない」と息子に「お母さん」と呼ばせている。

人は肩書きで変わると言うけれど、うちの母親は息子の「おばあちゃん」という存在には一生なれなさそう。

息子に「お母さん」と呼ばせることで、ママである私をはさんだ関係の「ママのお母さん」である以上、直の関係には一生なれないだろうな。

だからこそ亡くなった私の祖母は息子にとってほんとうに「おばあちゃん」そのもので、4年経った今でも息子は思い出を大事に語ってくれる。

面白いのがおばあちゃんに一番可愛がられていたのは自分だと、私も息子も夫までもが思っていたということ。

祖母が亡くなったあとに夫が「おれおばあちゃんに一番気に入られていたと思う。だって一番おばあちゃんのこと笑わせてたし。悪いけどおれ義兄さんより可愛がられていたと思う」と言ってた。

夫の祖母の方が早く亡くなったので、夫は私の祖母を自分の祖母のように大事にしてくれてたのは事実。

おばあちゃんは私の家族に愛情を持って接してくれたし、私の家族もおばあちゃんが大好きだった。

もう亡くなって寂しいけれど自分たちの中に「おばあちゃん」という存在と、たくさんの思い出があることにありがたく思う。

 

 最後まで読んでいただきありがとうございました。