小紅色

読書とピアノと息子が癒し

話のつまらない大人たち

息子と信頼関係を築くことが出来なかった残念な人たちの話です。

息子は車椅子に乗っていて介助が必要なので、信頼関係を築くと言うことはすごく重要なことなんですが、それが出来ないと息子も精神的にかなりつらい。

ありがたいことにいい人たちとたくさん巡り合ってきてはいるものの、数の中にはやっぱり相性の悪い人も出てきます。

その相性の悪い人に共通しているのが、話がつまらないということ。コミュニケーション能力が低いと言えばいいんでしょうか。

とにかく雑談力がない。話を広げられない、話を振れない。

そういう人に共通しているのは、経験の少なさとそれを補う知識もないということ。

本人としてはまじめに一生懸命やってるつもりなんでしょうが、客観的に見て人生つまらなそうに見える人は、実際話をしても内容つまらなかったりします。

なぜ経験も知識も少ないのかというと、おそらく興味関心だったり好奇心という部分が普通の人より圧倒的に少ないんでしょう。

息子が振った話をもし知らなかったとしても、興味があればもっと質問するでしょうし、調べたりするでしょう。でもそれをしないのが話がつまらない人たちです。

あっさり「知らない」で話が終わるので、息子からしてみれば「大人のくせにこんなことも知らないなんて」という印象だけが残ってしまいます。

お願いだから息子より知識だけは上であってくれ、とそういう人に対して思ってしまいます。

本来なら車椅子で行動範囲も狭い息子より、普通に行動できて人生も長く生きている人の方が経験値が圧倒的に上であるはずなんですがね。話のつまらない人はそうではなかったりします。

話のつまらない人と接して気付いたことは、経験も少なく、知識も少ない人に雑談力を求めてはいけないということ。本人は雑談力がないことに特に困っていないが、一緒にいる人はつまらなくて苦痛を感じてしまうこと。つまらない人といるとメンタルやられるので、出来るなら物理的距離をとってなるべく関わらないようにするのがいいということ。

実際物理的距離をとるのが理想ですが、息子の介助者がそういう人だと邪険にするわけにいかず、息子が気を遣って話を盛り上げようとしてただただ疲れて精神をすり減らすなんて時期もありました。まあ息子にとってかなりつらい人生勉強の時期でした。

介助って信頼関係のもとに成り立っていると思うんです。人対人なのでやっぱりコミュニケーション力がある人じゃないと介助されるほうは苦痛に感じてしまいます。だから「スポーツ経験あって力あるから」とか「体力あるほうだから」と安易な理由ではなく、安心して介助をお願い出来る面白い人がいいですね。

 

 最後まで読んでいただきありがとうございました。